為替関係のニュースを見ていると時々「ミセス・ワタナベ」という言葉を目にします。
投資の世界でミセス・ワタナベとは日本人の個人投資家のことです。
実際に個人トレーダーの中には数億円もの利益をあげる人もいます。
また、ミセス・ワタナベの偏ったポジションは、大口のストップロスを狙った大暴落の原因にもなります。
この記事では、ミセス・ワタナベの手法や過去にどんな暴落を引き起こしたかを解説していきます。
ミセス・ワタナベとは
ミセス・ワタナベは「渡辺夫人」という個人名ではなく、日本人っぽい名前だという事で日本人の個人投資家の総称として名づけられたものです。
女性投資家というわけではなく、実際は会社員や主婦など女性に限らず個人投資をしている人々で、昼休みから午後にかけて取引が活発化することから勝手に主婦層だと思われてミセスとなったようです。
1997年3月にイギリスの経済紙「エコノミスト」で「ミセス・ワタナベ」のことはすでに紹介されていましたが、ミセス・ワタナベという名前は2006年ごろの日本のFXブームの時に一般的になりました。
この頃、日本時間の昼頃になると特に目立った材料がないにも関わらず為替が円安に動くことから、世界のプロ投資家たちは「1人の巨大投資家がいるのではないか」と思っていたのです。
実際の投資活動は副業で1人ひとりの投資額は小粒ではありますが、みんなが同じような時間帯に同じような動きをするので為替を動かすほどの力を持っていたのです。
そんな中、円安基調も手伝ってミセス・ワタナベの中には個人でありながら数億の利益を出すトレーダーも登場しました。
有名なのが東京都世田谷区の池辺雪子さんという50代の主婦です。
2002年~2005年の3年間でFXで4億円を稼ぎ、その所得を申告しなかたことで約1億3000万円の脱税による所得税法違反容疑で起訴されに有罪になり、「ミセス・ワタナベ」の名前が一般にも知れ渡ることとなりました。
4億円稼いだカリスマ主婦池辺雪子さんの投資手法
池辺雪子さんの手法はRSIを2本重ねて表示させ、2本のRSIの乖離をエントリーの判断に用いるというものです。
チャートには
- 長期RSI(42日)
- 短期RSI(13日)
を2本重ねて表示させます。
このチャートではオレンジ色のラインが長期RSI、紫色のラインが短期RSIです。
チェックすべきポイントは2本のRSIが大きく離れたとき。長期RSIと短期RSIが20ポイント以上乖離したところで逆張りエントリーします。
①チャートでは下降トレンドが続いている2016年ですが、2016年4月と6月(チャートでは左端)は短期RSIが急激に下降して長期RSIから離れていっている場面が見られます。
短期RSIが下降して長期RSIと20ポイント以上離れたところで買いエントリーです。
ローソク足をチェックすると下降トレンドではありますが、短期RSIが大きく下げた後、一時的に価格が上昇しているのが分かります。
②逆に2016年末は短期RSIが上昇して長期RSIから大きく離れています。
長期RSIと短期RSIが20ポイント以上離れたところで今度は売りエントリーです。
ローソク足の方では短期RSIが上昇して短期RSIと乖離した後、価格を下げているのが分かります。
長期RSIに対して短期RSIが20ポイント以上低くなったら買いエントリー、20ポイント以上高くなったら売りエントリーです。
いずれも1~2円ほどの値幅ですぐに利益確定させます。
長期と短期のRSIの乖離が20ポイント以下であればエントリーは見送ります。
2本の線がしっかり離れるまではチャンスを待つことになりますが、欠点は2008年以前に比べてエントリーチャンスが少なくなってしまっているということです。
2007年以前と現在とでは市場環境が変わってしまっているため、以前のように頻繁にチャンスが訪れることはなくなってしまいました。
ミセス・ワタナベの取引の特徴は逆張り
- ロング中心(スワップがもらえる方の取引が好き)
- 基本的にクロス円
- 逆張りを好む
- スワップ狙いの高金利通貨取引
- 中長期取引
- 昼休みを使ったトレード
ミセス・ワタナベはドル円の他、豪ドル、NZドル、南アフリカランド、トルコリラなどの高金利通貨も好んで買う傾向があるとされています。
ミセス・ワタナベは逆張りばかり!?
ミセス・ワタナベたちは本業の合間の限られた時間と少ない情報と知識の中で取引を行いますので、当局の金融発表などに敏感になるよりも、実際にある程度の値動きがあったら取引をする傾向にあります。
今より数円下がったら買う、数円高くなったら買う、ということをする値ごろ感による逆張り投資をする傾向があります。
ミセス・ワタナベの投資手法は主に
- ファンダメンタルズ、テクニカル的な裏付けのない「値ごろ感」を錯覚したトレード
- 価格の反転を期待した逆張りトレード
のようなものです。
値ごろ感とはトレードするのに適していると「感じる」価格のことです。
大幅に下降した後「そろそろ反転しそう」で買いエントリー。
大きく下げた後、一旦下げ止まって揉み合っているので「そろそろ上昇しそう」で買いエントリー。
これが値ごろ感による逆張り買いの例です。
その後、たまたま相場が上がることもあるかもしれませんが、下がった場合はどんどん下がり、損切りになるか塩漬けポジションの山になります。
「そろそろ反転する」「そろそろ上がるだろう」は自分の「感覚」であり、市場の値動きの根拠に基づいたものではありません。
個人投資家は価格のトレンドよりも価格そのものの値ごろ感を捉えがちです。
ここまでは上がらないだろう、ここまでは下がらないだろうという感覚でトレードを行うために、逆張りを好みやすい傾向にあります。
ミセス・ワタナベ狩りとは
為替は相場に参加している投資家が多く、市場が活発な時間帯はいくらヘッジファンドと言えど相場を動かすことは不可能です。
しかし、少ない注文でも価格が動きやすい取引の少ない時間帯を狙って売りを仕掛け、価格を下降させてストップロスを狙う動きをすることがあります。
これをストップ狩りと言いますが、買い持ちのポジションを多く持っているミセス・ワタナベのポジションのストップロスを狙って「ミセス・ワタナベ狩り」とも言います。
ミセス・ワタナベ狩りが行われやすい時間帯
流動性の低い時間帯
- NY市場終了~東京市場開始の間の時間帯
- アジア市場終了~ロンドン市場開始の時間帯
3大市場(東京市場、欧州市場、NY市場)の終了時間と開始時間の狭間の時間は流動性が低くなる傾向にあります。
特にNY時間が終了し、東京市場が開始する間のオセアニア時間は市場参加者が少なく、商いが薄くなる傾向にあります。
チャートのオレンジ色のエリアが日本時間の朝6:00~8:00の時間帯です。ローソク足が他の時間帯に比べて短くなっているのが分かりますよね。
流動性が低くなってくると価格のレンジ幅は10pips程度の狭い値幅の中で動くか、または短時間の間で50pipsを超えるような動きが繰り返し起こります。
流動性の低くなる時間帯でこのような動きをしているときは流動性が下がっていますので注意が必要です。
ミセス・ワタナベはストップロスをキリの良い場所に置きやすい
ミセス・ワタナベ狩りが行われる原因の一つにミセス・ワタナベ、つまり日本人のFX個人投資家の投資の独特のクセが挙げられます。
ミセス・ワタナベが好む投資手法はスワップ狙いの高金利通貨投資が中心。
中長期投資を主眼に置いているのでストップロスを設定していない、もしくは設定していてもキリの良い数字に設定しがちです。
ミセス・ワタナベのストップロスはダブル0や50などのキリの良い場所に設定する傾向があります。
例えば、100.00円とか、99.50円などです。そのため、キリのよい.00や.50付近にはストップロスの売り注文が大量に存在していることになります。
ヘッジファンドはミセス・ワタナベがこのような位置にストップロスを仕掛けていることを察知しているため、この価格帯を目指して大量の売り注文を浴びせかけ、ストップ狩りをしてきます。
ミセス・ワタナベ狩りの例 2011年3月17日 ドル円76円25銭
2011年3月17日の早朝、クロス円が軒並み急落する現象が起こりました。
この急落でドル円は午前6:00頃から6:20頃までの20分間で約3円も下落しました。
当時、東日本大震災による福島第一原発事故の影響で為替は円高ドル安が続いていましたが。
そして、NY市場が閉まった後の日本時間直前の早朝に投機筋による円買いの仕掛けはあまりにも不自然なものでした。
投機筋が大規模な円買いを行ったことで、FXでクロス円のロングポジションを持っていた多くの個人投資家のストップロス注文や強制ロスカットが発生し、円高の動きに拍車をかけました。
この急落では短時間にドル円が3円も下落しましたが、チャートの中には79円、78円、77円と節目の価格が3つも存在しています。
ミセス・ワタナベと呼ばれる個人投資家はこのような節目の価格にストップロスを置きがちですので、このような価格付近に大量の売り注文が設定されていることが多いのです。
投機筋にこの価格を狙われることでさらに円高に拍車がかかりました。
ミセス・ワタナベとトルコリラの暴落
トルコリラは高金利通貨の代表格として日本人FX投資家「ミセス・ワタナベ」に人気の通貨でしたが、トルコリラの下落が止まらずポジション決済を迫られるケースが増えています。
中でも日本時間の早朝の時間に急激な下落が起こる現象が複数回見られており、ミセス・ワタナベ狩りではないかと言われています。
まずはトルコリラのここ数年の値動きを大まかに見ていきます。
2013年末にアベノミクスが始動
トルコリラは2008年10月以降の世界金融危機で暴落、長らく下降トレンドとなっていました。
しかし、2013年前後から欧米での金融緩和の実施により、リスク資産に積極的に投資するリスクオン状態になったことでようやく上昇します。
日本でも2013年末にアベノミクスが始動し、日本国内の株価上昇とともに、円安基調となりました。
ミセス・ワタナベのトルコ投資ブームもこの頃から始まっており、高金利であることの魅力から豪ドル、NZドルの人気が剥げ、トルコに資金が向かいました。
2015年8月に中国経済減速
2015年8月、中国経済減速の影響により、新興国通貨が暴落、さらに2015年10月トルコのアンカラで死者100名となるテロが発生し、その後トルコで断続的にテロが発生します。
トルコ国内の政治悪化により、トルコリラは下降を続けます。
一方、日本国内では大手FX会社がトルコリラ円の取り扱いを開始。
ミセス・ワタナベ勢のスワップ狙いの逆張り買いが始まります。
2017年に米国との関係悪化
2017年になるとこれまで長く同盟関係にあったアメリカがトルコから分離独立を目指すクルド人武装勢力を支持します。そのためアメリカとトルコの関係は悪化、2017年11月27日には1トルコリラ=27.93円の最安値を更新します。
トルコリラがこのような状態である中で2018年初めにも大手FX会社で新たにトルコリラの取り扱いが開始されています。
下落基調でありながら日本人個人投資家の割安感よる買いはこの時点でも依然活発でした。
その後は記憶に新しい2018年夏は複数回に及ぶミセス・ワタナベ狩りを疑われる急落があり、トルコリラの先行きに不安が持たれています。
2018年3月23日の急落
こちらは2018年3月20日から27日にかけてのトルコリラ円の30分足チャートです。
3月23日の7:00~8:00の間にかけて急落、損切りによる売りが加速し、日本人投資家の買いポジションが解消されました。
3/23日の急落は時間帯が日本時間の7:00頃です。
NY市場が終了し、日本時間の始まる前の商いの薄い時間であることから、リラが連日過去最安値を更新し続ける中、ミセス・ワタナベ勢の逆張りによるリラ買いが投機筋に狙われたものと見られています。
さて、この下落でミセス・ワタナベはうまく立ち回れたのか?と言いますと、
と新規ポジションを持ち、反転に期待をかける者、小さな反発を狙う者がポジションを買い増し、さらなる下降で強制ロスカットによる損失拡大を招くことになりました。
2018年5月23日の急落
2か月後の5月23日、7:08から突然下げはじめ、7:14までの6分間でリラ円は23円台後半から23円台前半まで1円近くの急落、過去最安値を更新しました。
【2018年5月22日~5月24日 15分足】
NY市場が終わり、日本市場が始まる前の日本時間の早朝であることなどから、23円割れを狙った投機筋の売りと言われています。
23日にはトルコ中銀が緊急の利上げに動きましたが、25日に再び下落し、最安値を更新しました。
2018年8月の大幅下落
2018年8月9日~10日にかけて、トルコリラが24時間で20%も下落しました。
この下落の原因は主に
- トルコにおける米国人牧師の身柄拘束による関係悪化
- エルドアン政権の経済政策への不信感
によるものだと言われています。
2016年10月から拘束されている米国人牧師の身柄に関する問題解決のための米国とトルコとの会談が行われていましたが、交渉が決裂、トルコ円は20円割れに突入します。
そこで不安払拭のために9月に予定されていた経済政策の発表を前倒しして8月10日に行うことに。
発表のある日本時間の夜までは特に材料なしと思われていましたが、欧州中央銀行(ECB)がトルコ向け債権への懸念を強めているとの報道があり、トルコリラが急落しました。
これが日本時間15:00の急落です。
そして、夜の政策発表が拍子抜けするような内容であったこと、追い打ちをかけるようにトランプ大統領が「対トルコの鉄鋼・アルミ関税倍増を支持した」とツイート。
トルコリラ円は一時16円台前半まで急落しました。
8/10日の暴落はミセス・ワタナベの買いポジション解消を巻き込んで急落に拍車がかかったと言われています。多くの日本人投資家が強制ロスカットに遭い、ポジション解消を余儀なくされたと言われている出来事です。